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日本でも、かなりなじみのあるかようだ。ところで、聶耳とはどんな人物か。それは、おなじみの民間器楽曲の「倒八板」をベースに、旋律をシンプルにし、太鼓や銅鑼(どら)、スオナーなど大音量の楽器を加え、ビート感が前面に出る楽曲に仕上げた。北京五輪の開会式には要所要所に、その宣伝が見え隠れしていました。ご存知のように、8日夜に行なわれた北京五輪開会式では、選手入場の際に世界五大陸の音楽を順番に演奏されたわけですが、注目するところで、中国選手の入場の際に鳴り響いたのは、中国国歌「義勇軍進行曲」の作曲者、聶耳(ニエ・アル)の作品だったのです。

革命の荒れた時代に翻弄された人物だった。知らなかったが、1935年に日本を訪れたが、神奈川県藤沢市の海岸で遊泳中に溺死したのだ。ナショナリズムの宣伝は五輪ではつき物ですね。しかし、中国は開催国もあって最後の入場で一番盛り上がった。国家の各曲は交互に繰り返し演奏され、各国や地域の行進に、演奏する曲の種類をあわせたわけではないのだからすごい。

1912年に雲南省昆明市で生まれた。どんな曲か改めて、オリジナルを聴きたい方も多いだろう。彼は、15歳ごろから音楽を独学し、20代にはバイオリニストや作曲者として本格的に活動するようになった。中国国歌の「義勇軍進行曲(行進曲)」を作曲したなんと、聶耳の作品だったのだ。他の国の入場と地域の選手団は、中国語表記の漢字画数順の入場で従来のアルファベット順の慣習を打ち砕いた形だ。

流された曲『金蛇狂舞』は1934年発表の作品だ。バックでは世界五大陸の音楽が順に演奏された。その中国選手団の入場とほぼ同時に、にぎやかな音で始まったのは『金蛇狂舞』。当然のように、選手入場は先頭は五輪発祥の地、ギリシャの選手団だった。

 8日夜に行なわれた北京五輪開会式では、選手入場の際に世界五大陸の音楽を順番に演奏された。中国選手の入場の際に鳴り響いたのは、中国国歌「義勇軍進行曲」の作曲者、聶耳(ニエ・アル)の作品だった。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080809-00000029-scn-cn


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